NATURAL HISTORY

NATURAL HISTORY  1979
[物語、絵:M.B.ゴフスタイン]

ほんとうの私たち 2021
[物語、絵:M.B.ゴフスタイン 訳:トンカチ]

あらすじ

生き生きとした宇宙の描写からはじまり、戦争、貧困、自然、そこで暮らす動物たち、そして月明かりの下で安らかに眠る私たちにまで、空から降りそそぐ視線。ほんとうの生きたかを探る魂の漂流記。

 

この本について

Making of 「ほんとうの私たち」

「ほんとうの私たち」に関するあとがきのようなメモ

私たちは、本当に、いっつも、グズグズ、ふらふらしている。綿々と続く奇跡的な歴史の一秒のなかに自分が存在していることも、お金も名声も洋服も、知識も、健康も、愛する人たちも、あっち側に持っていけないことも知っている。でも、日々、私たちは、もっともっとと欲張るし、静かに、そして時に激しく嫉妬したり、取り入ったり、自分をよく見せようとしたり、威張ったり卑下したり、怒ったり泣いたり、無関心を決めこんだりしている。

 

ゴフスタインは、そんなこと全部に、早々にさよならを言いたかった人だ。この本は、彼女が発した「さよなら」を1つ1つ確認するように、1枚1枚を、刻みこむように描いた本だ。あまりにシンプルな言葉が、あまりにシンプルな絵で語られる。目をそらさない小学三年生のように、それは本当の真剣で語られるので、私たちはいい加減に聞き流すことができない。自分がどこか責められているように感じて居心地が悪くなって、もじもじしてくるが、ちゃんと聞かないとどうしてもいけない気になって背筋を伸ばす。私は話が終わったあとに、付け足す言葉を持たないし、質問も、反論も持たない。ただただ、それは正しいと感じる。けれど、私も本当にそう思うんだ、と、言える準備が私にはないのだ。

 

私の心には怒りがあり、私の心には自分さえよければいいという利己心があり、私の心には死に対する恐怖があり、日々の怠惰がある。それらがある限り、私は、そうだね、なんて気軽に言えない。真剣であるというのは恐ろしいことだ。経験も年齢も考えも超越してまっすぐに向かってくる。真剣に触れると痛い。私は切り傷を負う。でも、真剣を振りかざす方も傷だらけになるのだ。私たちは「ほんとうの私たち」に描かれているように生きるには、あまりにノイズが多く、雑務まみれだ。スマホをしまってPCを閉じて、大きく深呼吸しただけでは状況は何も変わらない。それでも私たちは帰っていくべき「ほんとうの場所」「ほんとうの考え」はここにあると、もう知ってしまった。一度知ってしまったら、なかった事にはできない。それが真剣ということの、怖くて無慈悲なところだ。

 

真剣な小学三年生であることが、ゴフスタインの人生に何をもたらしたのか私は知らない。私たちが知ることができるのは作品から辿ることのできる作者の心の変遷だけだ。この本は彼女が水彩を使用してカラーで作った最初の絵本というだけでなく、この本が契機となって、以後、彼女の作風は大きく変化する。画家や作家をテーマにした、ある種、内省的な世界に入っていく。初期のような、どこか楽観的なお話は影を潜め、やがて線画の絵自体を描かなくなっていく。つまり、それまで彼女の作品が持っていた自然発酵的なポピュラリティーに異変がおこるのだ。それまでのファンが知っていたゴフスタインは、ここから先はいなくなってしまう。その意味で、この本は彼女の始まりの終わりであり、またM.B.ゴフスタインが永遠の絵本作家となる始まりの始まりでもあったと思う。

 

オリジナルは1979年に「NATURAL HISTORY」というタイトルで出版された。日本語版は1990年に谷川俊太郎さんの訳で「生きとし生けるもの」というタイトルで刊行され、その後絶版となっていた。私たちは新たに「ほんとうの私たち」というタイトルをつけて、翻訳協力者の手を借りて「あの子たち!」に続いて無謀にも自分たちの翻訳で出版することとなった。このタイトルにした理由は、この本の内容はまさに我々のナチュラルなヒストリーを語っているのだが、そこには、これこそが私たちの本当に生き方なのだ、というメッセージが強く込められている。なので、そこをストレートにタイトルに持ってきた。私たちは、この絵本で表現された、私たちの生きる宿命と、生きる意義、そして本当の幸福については、薄々気づかされてきた。けれど、大きな声で、手を取りながら、そうだね、それが私たちの生き方だよね、と言うことは、まだできないでいる。でも、いつかきっと言えるときがくるはずだ。

 

ゴフスタインの本の出版に関わることはいつもながら光栄です。彼女の夫であるデビットさんには特にお世話になりました。ありがとうございます。今回のリメイクが改悪になっておらず、ゴフスタインの作品に新しい角度から光をあてるものであり、皆さんに気に入っていただけるなら嬉しいです。

 

トンカチ
M.S