ACROSS THE SEA

Across the Sea  1968
[物語、絵:M.B.ゴフスタイン]

海のむこうで 2021
[物語、絵:M.B.ゴフスタイン 訳:石田ゆり子]

あらすじ

おじいさんが私のために作ってくれた「私のお友達」、私とかわいい帽子のリス、お父さんと登った大きな木、ソフィーのピクニック、ソーセージをかぷり、大きなブーケを靴の船に乗せて海のむこうへ、私の風車さん、私の風車さん。

 

この本について

Making of「海のむこうで」

この本のオリジナル版「Across the Sea」は、日本でも有名な2つの本「Brookie and Her Lamb(1967)」と「Goldie the Dollmaker(1969)」の間に出版された。ゴフスタインにとって4つ目の絵本だ。物語は5つのエピソードからなり、それぞれが繋がっているようで、はっきり繋がっているわけではない。記憶と夢が溶けあって物語の関係が前後するように、古い記憶と夢に同じように靄がかかり、こちら側とあちら側の区別が判然としない。読者はずっと夢の中を移動している。

 

ゴフスタインの作品が常にそうであるように、ここでも、想いと、伝える、伝わる、感じる、見ている、見られている、わたし、あなた、というような言葉が点滅する。そもそも、それらが絡み合わないで物語が成立することはないけれど、彼女はその骨だけを拾って物語を形づくる。余分なものはいらないのだ。些細なエピソードも、些細なようで、決して余分な装飾ではない。彼女は物語に必要な要素のコアだけを並べるが、その解釈は自由に任せる。作者の解釈で結論を作り出し、読者に押し付けることに、彼女は興味がない。

 

アーチストとは、自分自身を遥かに超えたところにある何かに手をのばして、それを読者に差し出す人だ、と彼女は言う。「海のむこうで」でも、1968年の彼女の手が届くギリギリのところ、指先が少しだけ触れるか触れないかのところを、必死に描こうとしている。諦めないで跳ね返されても向かっていく。その姿が私たちに痛いほど見えてしまうので、私たちは彼女の本の前で「真剣」にならざるを得ないのだ。

 

翻訳は石田ゆり子さんにお願いしたいと最初から思っていたら、想いが通じた。ゴフスタインと石田ゆり子さんの名前が並ぶことを想像して、もう本が出来た気になった。

 

これは石田さんにとって初めての翻訳だ。彼女は実に堂々と翻訳を完成させ、実に潔く、その手から離して、私たちに渡してくれた。一つのことに新しく挑戦すれば、必ずいいことばかりじゃない。女優という仕事を長年続けてきた彼女は、パブリックイメージを持つ人が、新しいことに挑戦していく事で、いったい何を引き起こすのか、そのことをよく知っている。ゴフスタインもそういう人だった。過去と潔く別れること、名声の上に安住しないこと、批判を恐れないこと、新しくはじめること、そして手が届くギリギリまで腕を伸ばし続け、得たものを全て、あなたに差し出すのだ。

 

トンカチ